さぁいよいよ物件も決まって開業準備に取り掛かるぞ~!!
2009年12月に契約を結び2010年1月から晴れて自分のお店を取得しました。
このへんでコンセプトなんかのことにも触れておこうと思います。
当時のメモなんかを見ていると『ヒトとヒトが繋がれる場所』『家、職場(学校)につぐもうひとつの場所』『もうひとつの家』なんて書いてあります。
とにかくアットホームなお店というのを絶対的なコンセプトとしていました。
仕事帰りに家に帰ってきてご飯を食べるような感覚でこれるお店。
休みの日に仲良しの友達や家族でふらっと遊びにこれるお店。
思いとしてはそれくらいですかね~。笑
なのでぎちぎちにコンセプトを決めずに軽い感じではじめました。
後は客単価とかメニューとかそのへんは色々と考えていましたね。
一日にお店の前をどれくらいのヒトが通るのか調べてみたり、地域のイベントだったり色々と調査もしました。
自分なりには色々と考えてやっていたつもりなんですがけっこう反対意見も多かったのが正直なところ。だって25歳ですからね。みんなヤイヤイ言いたくなるわけ。そんなんじゃダメだ!とかもっとこうしろ!とか。ほんと誰がオーナーなのかわからないくらいに。まぁ今にして思えば自分が甘かったのはわかります。でも今の自分はあんなふうに否定ばっかりはしませんけどね。
一番反対意見が大多数を占めたのがお店のスタイル。
僕のお店は靴を脱いでもらう土足禁止のお店。
座席スペースもかなり広々と取った。しかもカフェなので客単価もしれている。
もうね。儲けれる飲食ビジネスの真反対のことをやっている。これには飲食の先輩には散々、言われました。笑
でもね~。勝算があったんです。だって大阪なんて腐るほどカフェあるし、僕らみたいな小さな個人店がよそとおんなじことしてても勝てっこないんですよね。だから他がやっていないことをやろうと。天王寺ではこんな店、当時なかったんじゃないでしょうかね。笑
あともうひとつ。
最初から看板メニューと言われるものは作らなかった。それについても散々、ダメだと言われてきたが自分が無理矢理これだ!!っていうメニューを作るのはなんか違うなーとなんとなく思ってて看板メニューなんてのはお客さんが育ててくれるもんだろう!!と言う思いでした。
しかし、ここはやはり先人たちの教えはちゃんと聞いたほうがよかったですね。笑
ビジネスと考えた場合、やっぱり推しのメニューってやっぱりいるんですよ。お客さんにもコレは絶対食べてください!と言えるメニューが。メディアだってそうです。開業間もないときなんかは情報をキャッチして色々なメディアが取材に来てくれました。そんときにお店の看板メニューは!?なんて聞かれるんですよね。そういうときのために看板メニュー作っておいたほうがいいですよ。後々、僕も作りましたから。笑
そんな感じで開店ギリギリまで色々と意見を頂いていましたね。もちろん開業してからも。
そんな中、まず最初の事件が起こる。
開業日を2010年4月26日と決めていたのだが料理人がお店の開業に間に合わないといいだしたのだ。
僕はあくまでカフェの経営者&ドリンクを担当する計画で、お料理に関してはかねてから地元の友人にお願いしていたのだ。彼は老舗の洋食屋さんで修行していたのだが洋食屋さんが人材不足だということで辞めるのに1年はかかると言い出したのだ。
これはヤバい。
ここから交渉が始まった。
僕:『どういうことだ!ちゃんと経過も報告していたし、土壇場でそれはないだろう!』と。
彼もお店にがんばって交渉を続けてくれていたのだが洋食屋のオーナーはなかなか首を縦に振ってくれないらしい。確かにお世話になったお店なので義理を通したいのはわかる。僕も実際、サラリーマンを辞めるときは1年かかった。
そんな感じで交渉がもつれていたので、彼も自分がお店に立つまでの空家賃は自分が払う!と言ってくる。それぐらい僕と一緒に始める新しいお店でチャレンジしたい気持ちは痛いほど伝わってきた。
僕:『そんな金はいらん!無駄な金を使う必要ないやろ!とにかく交渉してくれ!』
とそこに頼るしかなかった。もはや祈りに近かった。笑
結局、彼のご両親が洋食屋さんに出向き、お話をして3月いっぱいで洋食屋さんを退職できることになったのだ。
結果的には2010年4月のオープンには間に合って僕もめちゃくちゃ助かったのだが、25歳にもなって会社を辞めるのに親が出てくるとは。。。情けない!!とそのとき、めちゃくちゃ説教した記憶があります。
あとはなんだか文化祭みたいなノリでの店内DIY。とにかくハイテンションな音楽をガンガン鳴らして。笑
自分で和式トイレぶっ壊してたら水道管を折ってしまい、水が噴水のように噴き出してもう大慌て。
壁のペンキ塗りしながらあまりの疲労で寝てしまい起きたら刷毛が髪の毛にべったりくっいて自分で散髪。
100キロほどある冷蔵庫を自分たちだけで運搬の結果、腰が爆発。佐川男子スゲー!
トイレの換気扇、外に空気を排出する換気扇つけないといけないのに外の空気を中に入れる換気扇をつけててずっと臭いままだったり。
そんな感じでとにかく楽しくあーでもないこーでもないとお店作りを進めていました。
テンションあがりすぎてお店で何日も泊まったりもして。もう愛しかなかった。笑
他にも、おそらく飲食店を開業する人で誰も得意だという人は聞いたことがないアレも当然、僕の仕事だ。
事務手続きだ。
1、所管の保健所への営業許可届出の提出。
これは飲食店を営業するのに必須。現地調査では厨房の設備にも基準があってコレがいる、アレがいるなどとにかく保健所の規定をクリアーしなければ許可証をもらうことはできないのだ。
2、税務署への開業届け、給与支払い事務所開設の届け。
この開業届けというものは別に提出しなくても大丈夫です。笑
出してないフリーランスのヒトもたくさんいらっしゃいましたし、これをすることでなにかお金的に得をするとか損をするとかいうものでもなさそうです。
ただ私が感じたメリットは2つ。
税理士によるの無料記帳指導が受けれます。新たしく開業した事業者には所管の税務署に登録されている税理士が数回にわたって帳簿のつけ方や確定申告の仕方を教えに来てくれるというメリットがあります。
もうひとつは確定申告の際、青色申告できるという点。
最大65万円の控除を受けれるのでこれを利用しない手はないです。
例えば、なんにもしないと100万円に税率がかけられて税金が決定、納税することになるんですがこの65万控除を使うと100万-65万=35万に税率がかかるという仕組みです。めちゃくちゃイイ制度なので利用しない手はないですよ!
もうひとつの給与支払い事務所開設届け。
これは読んで字のごとく、従業員に給与を支払うんであれば届け出を出しなさいっていう書類です。なのでひとりで商売される方は出さなくて大丈夫。源泉徴収して、所得税を税務署に納めますよ~っていう宣言書みたいな感覚ですね。
食品衛生管理責任者の資格取得。
これも必須。丸1日、講師による食品衛生などの話を聞けば誰でももらえる資格なので余裕です。笑
あと僕は近畿社会保険指導協会なるものに労働保険のお願いしたりしましたね。
従業員を雇っていると強制的に加入しないといけないのが労働保険。
労災保険と雇用保険の2つがありますが仕事中に怪我したら労災使って医療費を支払えるのが労災保険。仕事を辞めて次の仕事が決まるまでお金を出しますよ~ってのが雇用保険。そのぐらいの認識しかありませんでしたがなんとかやっていました。笑
ふぅ~この事務手続きの話ってどう考えてもおもしろく書けないので全然、ブログを書く手が動きませんでした。笑
そんな感じで約3ヶ月の準備期間を経て、
2010年4月26日に僕のお店『カフェ仁音』はオープンしました。
ちなみにこの日は僕の26歳の誕生日。
20歳のとき思い描いてた妄想がようやく形になり、第一歩を踏み出せた瞬間でした。
さぁ次からはいよいよ実体験に基づいた商売のお話なんかを交えてブログを書いていきますのでどうぞ引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。